2012/02/01
昨年盆休みに友人Yの車で草津白根山へ行き、幻想的なコバルトブルーの湯釜に魅せられた。しかし、別荘の水道の元栓回しのために穴掘りもやったがう まくいかず、発電機もうまく作動しなかったため石油ランプの世話になった。満天の星空に心を打たれ、しばし天空を見上げた。また、山道ではYの運転に肝を 冷やしたなど忘れられない思い出が残っている。
今年は盆休みに北岳に登る予定だったが、台風でふもとの芦安村に足止めを食らった苦い思いがあり、何とかして山に登りたいと思っていた。夏 も終わりYに連絡を取ったところ10月10日から11日ならば行けるとの返事で早速決定した。Yは前日レンタカーで六合村(くにむら)の別荘に入り、長野 原草津口に12:00に車を返却するというので、私は上野からMAXとき309号に乗り込み、高崎でレンタカーを借りるプランをたてた。連休前のためか、 1週前から高崎のレンタカー屋に何度か連絡するもなかなか予約が取れずにいたが、10月7日にやっとトヨタヴィッツを借りられることになった。
平成22年10月10日
簡単に言うと、高崎から長野原草津口で昼にYと合流するプランである。ナビはついているものの古いらしく、時折怪しいなと思いつつも指示ど うりに走った。33号線に入るとアップダウンの激しい道となり、1時間ほどでやや緩やかになったかなと思ったところ右手に湖が見えてきた。小さな湖で湖畔 に人影も少ない。
後でわかったが榛名湖だった。地図を見る余裕もなくひたすらに約束時刻13:00をめざし、ブンブンエンジンを回した。1300ccのためかパワー不足で うるさい上ハンドルも遊びが多く、走りとしてはやっと50点か?郷原につきここを左折すると長野原街道に出た。 後は一本道であり、吾妻線に沿って走ること30分、長野原草津口に12:30に到着した。駅とバス停には職員以外見られず、勿論Yの姿もない。また、駅周 辺には車を停めるところもないので100mほど先の公営パーキングに停めた。Yがどこにいるかわからないのであまり駅から離れたところに停めたくなかった が、仕方なかった。Yに電話をするとすぐに通じTレンタカーにいるから来てくれとのこと。
引き返し500mほど先のレンタカー屋に着くとYはニコニコして迎えてくれた。
私が朝食を軽くとっただけであるというと、「じゃ近くで昼飯にするか」と言って5分足らずのホームセンターに隣接のレストランに入った。 「ここはしめじが名物なんだよ」というのでしめじの天ぷら定食にした。スーパーで売っているパックのしめじそのものを半分に切り、丸ごと天ぷらにしてある ほど大きい。香ばしく歯触りがサクサクしていている。だが冷奴がついているだけで野菜の天ぷらと味噌汁だけでは少し物足りなかった。それでも腹がみちると 今回はどこに行くかと相談になった。「車で行けるところがいいな」と私が言うと「じゃ野反湖かな?」とYの一言で決まってしまった。
13:50出発、六合村方面へワインデイングロード292号線をひた走る。花敷温泉へは向かわず野反湖の標識を目指し405号線に入る。回 転数が上がっているのは分かるのだが、標高が1000mを超えているため、ギアをセコンドにしても40kmがやっとである。次第に道幅が狭く、路面も荒れ てきた。
40分ほど悪戦苦闘ののち急に道幅が広くなり、平たんになったと思ったら左下に細長い湖が見えてきた。窓を開けると肌寒いほどで、道端には身の丈ほどのす すきが茂り、風に揺られ大きくたなびいている。我々のいるところは峠になっていて、その下方50mほどのところに湖は横たわり、濃紺の重々しい表情を見せ ていた。
ここは標高1600mであった。道は北西に湖に沿って走り、終点にはキャンプ場があるのでとりあえず目指すことにした。途中にパーキングあ りここに停めて湖に向かう。遠くから見える湖には何とかして行きたいものだ。これは幼少のころからの変わらない夢である。すすきの中をやぶこぎで進むと5 分ほどで岸辺に達した。黒から濃紺の湖面は無風のため鏡のようで、周囲の山を映している。対岸が見えなければ海岸の砂浜のようだった。踏むと砂はやや硬め の粘土質で、足は沈まないが靴底にへばりつき一歩上げるのに力がいる。北西の方に釣人が2人見えた。長居をするには寒い、たぶん4~5度だろう。引き返す ことにした。途中これでもかというぐらいに赤い紅葉の灌木が見られ、湖面の濃紺とすすきをバックに深いコントラストをかもし出していた。 野反湖の周囲には2000m弱の山々が連なり、稜線は穏やかなカーブを描いている。来年は頂上から野反湖を見たいと思ってしまう。
さて、そうこうしているうちに16:00になってしまった。今回は昼に弁当と酒、肴を用意しておいたので尻焼温泉にゆっくりつかり、Yの山 小屋でくつろぐだけだった。関晴館に17:00着。ひなびた温泉宿だが、露天風呂は白砂川の支流からおよそ30mの高さにあり、せせらぎの音が聞こえる。 他に客はおらず我々の貸切だった。Yは温泉好きだというわりにカラスの行水で、私は少なくとも20分はゆっくりつかっていたいのだが、5分もたたずに出て しまう。入湯料は800円でタオルは自前、石鹸だけしか用意されていない。しかしこれを秘湯というのだろうか実に心地よい。
20分ほどで山小屋についた。17:50、ちょうど陽が沈みかけるころだった。今回は石油ランプと電池式のランプの併用とし、発電機はやめ た。つまりライフラインはプロパンだけである。Yと昨年苦労して掘った水道の元栓以外にもう一つ家の外壁に元栓があるというので見に行った。40cm四方 で高さ20cmほどの茶色の箱があり、ふたを開けると栓がある?
Yはおもむろに「これをひねれば水が出るんだ。」と言ってひねった。台所に行き蛇口を回したところな・な・なんと水が出るじゃないか!去年の苦労は一体な んだったんだ?どうやら去年掘った栓は元栓の元栓であり、凍結対策として土中1mのところに埋められており、栓は開いていたようだ。だからあれ以上回らな かったのだ。分かっていればすでに開いていた栓を回すために穴は掘らずに済んだのではないか? Yは何ごともなかったかのように洗面器に缶ビールを入れ、 蛇口から出てくる冷水で早速冷やし始めた。まったく開いた口がふさがらなかった。 しかし、泊めてもらえる山小屋とはこんなものだと自分に言いきかせ、何も言わないことにした。Yを少し恨みながら缶ビールをたてつづけに3本飲み、不快な 気分を忘れようとした。不思議なもので、あるいは私の性格か?嫌なことはその場で直に忘れてしまうことがある。ところが後日夢に出てきて朝の目覚めが悪 かったりもする。しばらくすると穴掘りの苦労と恨みはすっかり忘れてしまった。21:00を過ぎ、星を見に外に出て行ったが、今回は曇りで何も見えない。 FM群馬もつながりが悪いので消した。明日は鬼押し出しへ行き、軽井沢経由で帰る話になり寝袋にくるまった。
10月11日
鬼押し出しは浅間山の噴火によって生まれた溶岩の芸術といわれるが、ふもとのため浅間山の山容に威圧されっぱなしであった。いつものことだ が登りたくなる。さらに反対側の西側には上州の山々が連なり、本当に草津に来てよかったとしみじみ思った。55才になると友人には他界している者もおり、 ここに来るのは今回が最後ではという気持ちになる。 普段は買い物が苦手だが自分の写真をマグカップに焼いてくれる陶器店があり、衝動買いしてしまった。Yはいらないといって笑っていた。
帰宅後マグカップを家内に見せたところ亡くなった人の遺影を見ているようだといわれ、このごろはあまり見ないようにしているが、捨てる気に もならない。そういえば娘のピアノの先生の飼い犬が死んだとき遺影をマグカップに焼いたものを貰い、しばらくピアノの上に置いてあったなぁ。最近見なく なったが。生徒によくなついたコッカスパニエルだった。
今回は山道をほとんど私が運転し、Yに運転させなかった。というのも高崎からのレンタカー代を私が支払ったからだ。とりあえずYの怖い運転 は免れた。本当のところ私の運転もはたしてどれだけ安全かは分からないし、Yは少々怖くても何も言わないたちだから我慢していたのかもしれない。次回は私 が車を出す番かな?白砂山でもめざそうかな。 「草津よいとこ~」
よぎクリニック 内科 泌尿器科
與儀實夫